第15回多文化間精神医学会での報告

2008年3月21日に第15回多文化間精神医学会が開催され、そこでシンポジストとして報告させて頂いた。報告のタイトルは以下の通り。

 藤掛洋子(2008)「エンパワーメント評価:国際協力事業における人々の意識変容」、『多文化共生社会の光と影ー将来の日本社会を展望する』 (2008年3月21日、第15回多文化精神医学会於:武蔵野大学)

エンパワーメント評価モデルは、2004年頃から藤掛モデルと呼ばれるようになった。このモデルは、パラグアイの農村女性が主体的に生活改善プロジェクトに関わる中、意識や行動を変化させていく、力をつけていくそのあり様をなんとか可視化したいという思いから生み出したものである。1993年以降の農村女性の語りを拾い、ファイルメーカーとエクセルで分析し、繰り返される表現を抽出したのである。その結果、12項目のエンパワーメント指標が導き出された。

この評価モデルは、JICA(独立行政法人国際協力機構)が実施しているホンジュラス地方女性のための小規模起業支援プロジェクトの評価手法の一つとして2004年に採用された。ここでも、貧困層と位置づけられる農村女性が小規模プロジェクトに関わる中、意識や行動を変化させていくそのあり様を一定程度可視化することに成功したと思う。もちろん、このプロジェクトに関わられた専門家の方々やJICAスタッフの方々の努力の賜物でもある。2004年から2006年までの間に収集されたホンジュラスの農村女性の語りを量的な分析にかけたところ、再現可能性が担保されたようである。

ところで、開発に関わる私が、なぜ、精神医学会なのか・・・。それは、2007年に私が学会発表した内容を、和光大学の伊藤武彦先生や明治学院大学の井上孝代先生が興味を示して下さり、この度、多文化間精神医学会で発表する運びとなったのである。

伊藤先生曰く、「近年、ミックス法というものが注目されており、質的な分析と量的な分析を掛け合わせた手法が用いられているが、藤掛先生はミックス法などと声高にいうわけでもなく、たんたんとミックス法を10年前からやっていたことはすごいことだ(表現に違いがあったら申し訳ありません)」と仰ってくださった。私がこのような質的データの分析、そして語り分析を始めた頃は、学会や研究会で発表すると四面楚歌の状態になったことを今でも鮮明に覚えている。であったたからこそ、伊藤先生の言葉は、心に溜まった何かが溶けていくような気がして、心から嬉しいと思い、元気になり、記憶に留めたいと思った。

さて、話は多文化精神医学会に戻そう。

この学会の2日目には、私が学生時代から愛読させて頂いた『フィールドワークー書を持って街に出よう』(1992)他多数をお書きになった一橋大学の佐藤郁哉先生のご発表もあった。そこでは、「7つのタイプの『薄い記述』」(多文化精神医学会抄録集:50、2008年)について報告された。

 詳細は省略するが、エスノグラフィーには以下に示す7つの「薄い記述」があるのだという。

 ①読書感想文型、②ご都合主義型、③キーワード偏重型、④要因関連図型、⑤ディティール偏重型、⑥引用過多型、⑦自己主張型

なんとも耳の痛い報告であり、自分自身のことを深く省みた。

 そこで、佐藤郁哉先生は、薄い記述を避けるための一つの方法として「事例ーコード・マトリックス法」を提唱され、質的データ分析のためのプログラム(MAXqda2007)の活用方法を示された。大変興味深い発表であった。

ご発表を拝聴している時、1998年から1999年にかけて、1993年頃からのノートや1997年から始めたカセットテープによる聞き取り調査、それから村の女性との交流をせっせと書いた日記、ワープロの手紙などの束を掘り起こし、パラグアイの農村女性たちの語りを拾い集め、ワードとエクセル、ファイルメーカーを駆使して、語り分析を行った時のことが思い出された。

しかし、今では、なんとも便利なソフトが世に出たものである。いや、昔からあったのかもしれない。知らなかったことに落胆する気持ちもあり、一方では、自分自身でプログラム(!?)したファイルメーカーの方が愛情があり、細やかな語りを自分なりに誠真誠意分析したという自負のような複雑な思いが入り混じった。自分の気持ちはさておき、ひとつ言えることは、私が1999年頃に学会や研究会で発表した際、四面楚歌に陥るような質的データの量的分析に対する批判はもはやないということである。なんとも、喜ばしいことである。

エンパワーメント評価の可能性:

藤掛モデルは、アフガニスタンなど、教育へのアクセスを制限されている女性や子どもたちへの支援とその評価にも活用できるであろうし、また、多文化社会といわれる日本において、在日外国人の教育支援にも使える可能性があると思う。そのことを再確認する瞬間でもあった。

開発でもなく、人類学でもなく、ジェンダーに関わる学会でもない空間で発表をさせて頂き、普段使わなくなっている脳のある部分を覚醒することができ、本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。多くの先生方には大変お世話になりました。

改めて厚く御礼申し上げます。

藤掛洋子