パラグアイ他渡航 ―グローバル・スタディーズ・ツアーについて
ゼミ・スタジオでは、国際協力や社会開発、他者支援や他者理解のあり方などについて学んでおり、そこでの学びを実践的に展開するために、ショート・ビジットプログラム・グローバル・スタディーズ・ツアーを実施しています。藤掛の研究実践フィールドでもあるパラグアイの他、ブラジルやボリビア等も含め、36日間滞在します。
本プログラムで行っている/きた活動
- 学術交流協定大学との学術・学生交流の実施
- 農村における学校建設支援・農村やスラムの学校における教育の質の向上にかかる支援
- 農村やスラムにける生活改善支援、シングルマザーや子どもたちを対象にした栄養改善、所得創出活動の支援
(例:加工食品のコスト計算指導、ブランディングサポート、ワークショップサポート) - 日系移住地訪問と移住の歴史にかかるヒアリング、日系青年との交流を通じた日本と南米の架け橋プロジェクトの実施
- 農村における道普請プロジェクト
- 国内において学校建設やスラムの生活改善プロジェクトのためのクラウド・ファンディングの実施
- 日記やブログ等の記録作成、映像記録の作成(ドキュメンタリーなど)
- 国内におけるフェアトレードの研究・実践活動
- 帰国報告会の実施
本渡航プログラムが目指すもの
- 学術交流協定大学との国際交流や研究交流の推進
- 教室における国際協力や開発人類学、フィールド調査、異文化理解の学びに留まらず、
JICAや現場で活動するNPOと連携した現場における実践経験の蓄積 - パラグアイやブラジル、ボリビアなどの日系移住地等の訪問を通じ、
戦前・戦後に南米に移住した日系の方々との交流とこれからの連携について学び考える。 - 参加者個人が考えるグローバルな知の実践活動の展開
これらの活動を通し、複眼的思考を醸成し、異なる文化や価値観を持つ人々とつながり、新しい知を生み出すことのできる若者の育成を目指しています。
活躍の場所は、 日本や先進国のみならず途上国・新興国、どのような場所でも可能です。
参加学生が制作したパネル
学生の声
私はパラグアイ渡航に参加することが横浜国立大学を志望した理由の1つでした。幼い頃から国際協力に興味があり、現場に根付いた実践的な活動を行っている藤掛研究室で学びたいと考え受験を決意しました。この夏パラグアイで初めて赤土道を目にしたとき、尊敬する藤掛先生や先輩方が見てきたこの地にようやく自分も足を踏み入れることができたのだと、深く感動したことを覚えています。
私は1年次からパラグアイの伝統工芸であるニャンドゥティのフェアトレード活動に携わってきました。作り手の方へのインタビューを通して彼女たちの生活がいかに厳しいものであるかを知りました。このことはこれまで読んできた文献から知識として知っていたことではありましたが、実際の対話を通じてその深刻さが実感値として得られ、どこか他人事であった問題との距離がぐっと縮まったように感じられました。これは、今まで理解していたつもりになっていた事実が単なる知識から智慧に変わった瞬間であり、フィールドでしか得られない学びであったと感じています。
渡航で得た最も大きな学びは「見えないものを見る力」を持つことの大切さです。例えば、作り手の方の生活への不安やニャンドゥティに込める思いは商品には書かれていません。それゆえ、見えない彼女たちのものがたりに想像力を働かせること、彼女たちの声に耳を傾けて見えないものを見ようとする努力が必要になります。また、現場で印象的であったのは、一人一人の声や考え方に寄り添い丁寧に耳を傾ける藤掛先生の姿でした。その姿から、私はこれまで現地の人々を「パラグアイの人々」とひとくくりに見ようとしていたことに気付きました。一人一人の生活や抱える想いが一様ではないということは当たり前のようで忘れがちなことです。現場での経験を通して、見えないもの、見えづらいものを対話を通して見ようとする姿勢を培うことができたと思います。そのうえで、対話を通して見えてきたものを他者へ伝えていくことが私の責任であると考えています。
今回の渡航は国際協力の生の現場を見る貴重な機会でした。現地でのコンフリクトや学生の配慮不足によるトラブルなど、物事が計画通りに進まない歯がゆさも経験しました。思えば、私が国際協力に興味を持ったきっかけは、途上国や新興国で苦しむ人々を救いたい・力になりたいという想いからでした。しかし、実際に現場に入ってみるとパラグアイの方々から教えられ、助けられることの方が多かったように思います。私たちは、現場で何か貢献する存在というよりむしろ現場にお邪魔させていただく立場であり、自分が途上国・新興国の人々を「助けてあげる」というような考えがいかに傲慢であったのかを感じさせられました。決して裕福とはいえない暮らしの中でもあたたかく私たちを迎え、かけがえのない時を共にしてくださった現地の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。
長い間この渡航を紡いでくださった藤掛先生をはじめ支えてくださった全ての方への感謝を胸に刻み、ここで得たかけがえのない経験と出会いを今後の人生の糧としていきます。
Iさん (海外研究スタジオ/藤掛スタジオ、2023年パラグアイSV参加)
羽田空港を出発して飛行機で35時間、日本から見て地球の裏側に位置する南米の国、パラグアイ。高校3年生の時、私はまさか2年後の大学2年生の夏休みに、パラグアイを訪れることになるとは夢にも思いませんでした。生まれてきてから19年間、日本で暮らしてきた私にとって、パラグアイで過ごした32日間は、驚きと感動の連続でした。特にA村でのホームステイは強く印象に残っています。そこでは夜道を照らす街灯や舗装された道路はなく、赤土の大地と緑の草原が広がっていました。
A村での朝は鶏の鳴き声から始まりました。家の中では可愛らしいひよこがてくてくと歩き回り、道中では牛や豚と出会いました。荷物を運ぶために牛車を使う男性もいました。そして、ホストファミリーは私を「Mailo」と呼び、決して裕福とは言えない状況でも「異国人」である私たちを家に迎えてくれました。彼らはパラグアイにきた「日本人」としてではなく、「本当の家族」として接してくれました。私はスペイン語をうまく話すことはできませんでしたが、ホストファミリーの「温かさ」が私の不安や緊張を和らげてくれたため、「言語の壁」を超えていけそうな気がしました。
A村の人々が持つこの「温かさ」こそ、異なる文化への理解、あるいは多文化共生社会の実現が急がれる現代において求められるものであり、急速な都市化の中で失われつつあるものだと思います。もちろん、A村は日本と比べて社会制度やインフラなどで整備されていない点も多いですが、都市生活の中で失った「人々の温かさ」など貴重なものがそこには確かにありました。また、今回のA村でのホームステイを通じて「地域社会」の重要性を再認識しました。日本の裏側に、自分がまた帰りたいと思える場所、自分の「故郷」と呼びたいと思える場所ができたことを非常に嬉しく思います。このような貴重な経験のきっかけを作ってくださった藤掛教授をはじめ、パラグアイ渡航を支えてくださった全ての方々にこの場を借りて感謝申し上げます。¡Muchas gracias!
Kさん (海外研究スタジオ/藤掛スタジオ、2023年パラグアイSV参加)
「海外へ行くことが怖い」。かつての私は、その思いから高校時代に与えられた多様な留学機会をすべて見送ってきました。しかし大学入学を機に、「自分を変えたい」という強い決意を抱き、あえて自らを厳しい環境に置くことを選びました。それが、地球の裏側・南米パラグアイでのプロジェクトへの参加でした。
当初は期待よりも不安の方が大きく、準備の段階からその規模の大きさに圧倒されました。8月26日に羽田を出発し、31日間に及ぶ行程には、横浜国立大学関係者だけでなく、現地の大学関係者やホストファミリーなど、多くの人々が関わっていました。地元という小さなコミュニティで育った私にとって、目の前に広がる世界はあまりにも広大で、正直に言えば、その責任の重さに絶望すら感じたこともありました。しかし、パラグアイへ渡航するという「一歩」を踏み出したことが、結果として私の人生を大きく変える契機となったのです。
8月27日にアスンシオンに降り立ってから、私たちの活動は多岐にわたりました。在パラグアイ日本大使館やJICA事務所への表敬訪問、現地大学での学術・文化交流、さらに各地でのホームステイを通じて、現地の生活の深部に触れる機会にも恵まれました。
そこで目にしたのは、私たちが当たり前だと思っている価値観を揺さぶる現実でした。インフラが未整備で厳しい社会環境がある一方で、そこに暮らす人々は日本から来た私たちを家族のように温かく迎え入れてくれました。また、農場での搾乳体験や乗馬体験を通して、パラグアイにおけるアグリツーリズムの可能性も実感しました。
旅の後半、9月20日にパラグアイを離れた私たちはペルーへと渡りました。クスコやマチュピチュといった壮大な世界遺産を目の当たりにし、人類の歴史の重みを体感しました。さらに首都リマでは日系人の方々と交流し、移住資料館を訪れました。先人たちがどのような思いでこの地に根を張り、信頼を築いてきたのかを伺った時間は、日本人としてのアイデンティティを改めて見つめ直す貴重な機会となりました。
この1ヶ月間、言葉にできないほど多くの刺激を受けました。現地で出会った人々の笑顔、時に直面した厳しい現実、そして共に切磋琢磨した仲間たち。そこで得た気づきをすべて言語化するには、まだ時間がかかるかもしれません。しかし、一つだけ確信していることがあります。それは「挑戦しなければ、この景色は一生見ることができなかった」ということです。
大学生活は、自ら限界を定めるのではなく、未知の世界へ飛び込むための最高のプラットフォームです。今回の渡航で得た感謝と成長を糧に、これからも学び続け、自分自身をさらに高めていくことを誓います。
Yさん (海外研究スタジオ/藤掛スタジオ、2025年パラグアイSV参加)
私は高校生の頃からパラグアイ渡航に参加したいと考えており、このプログラムは横浜国立大学を志望した理由の一つでもあります。国際協力に関心を持っている私にとって、現場に根ざした実践的な活動を行う藤掛スタジオで学び、実際に現地を訪れることは大きな目標でした。
渡航前には、開発やジェンダーに関する学習に加え、スペイン語での発表準備や現地で実施する活動内容の検討などを行いました。準備の段階から学生同士で議論を重ね、自分たちで考えたテーマを形にしていく過程は大きな学びとなり、その経験が実際の現地活動にも繋がったと感じています。実際にパラグアイを訪れて強く感じたのは、「自分の知らない場所にも、人の営みが当たり前に存在している」という事実です。特に日系移住地を訪れ、同世代の方々と日本のアニメの話題で盛り上がった経験は強く印象に残っています。遠いと思っていた場所で、自分が当たり前に触れてきた文化が共有されていることに驚きと喜びを感じるとともに、世界は想像していたよりもずっと近いのだと実感しました。
また、滞在期間を通して感じ続けていたのは、パラグアイの人々の温かさです。言葉が十分に通じない場面でも自然に関わろうとしてくださる雰囲気があり、その温かさは日常の中に当たり前のように存在していました。こうした経験は、文化や言語の違いを越えて人と人が関わることの本質を考える契機になったと感じています。さらに、本渡航に向けた準備期間から現地での活動、帰国後の報告会や報告書作成に至るまでの一年間を共に歩んできたメンバーの存在も、この渡航で得た大きな財産となりました。目標に向かって協力し、困難を乗り越えてきた過程の中で育まれた関係性は、大学生活の中でも得難いものであり、今後の人生においても支えとなるものだと感じています。
今回の渡航は、単に海外を訪れる経験にとどまらず、自分自身の立ち位置や社会課題への向き合い方を見つめ直す大きな機会となりました。高校生の頃に憧れていた場所に実際に訪れ、そこで得た出会いや経験は、これからの進路や生き方を考えるうえで大きな指針になったと感じています。学生という限られた時間の中で現地に赴き、人々と交流しながら得られる学びは、机上の知識だけでは到達できない、何にも代えがたいものだと実感しました。長年にわたり渡航を支えてくださった藤掛先生をはじめ、日本および現地でご尽力くださったすべての関係者の皆様に心より感謝申し上げます。この経験を通して得た気づきや問いを大切にしながら、これから自分がどのような選択を重ね、世界と関わっていくのか。その広がりを楽しみにしています。
Eさん (海外研究スタジオ/藤掛スタジオ、2025年パラグアイSV参加)





